フルタングの考察

フルタングの考察 Dec.6,2016(edited Oct.29,2017)


サイト管理者の友人Sです。今回はナイフネタです。いきなりですが、”フルタング”の定義が何か説明できますか?実はナイフの大量生産時代に入ってから曖昧になりつつあります。

 

フルタングとは?

フルタングについて語る前にタングについて説明します。わかっている方は読み飛ばしてください。タングはブレードを構成する金属の板のうちハンドル部分に相当する部分を言います。ま、フォルダーだとピボットまわりの部分しかないわけですけど。フィクストの話をすれば一番簡単な構造は金属の板に刃をつけてハンドル部分はハンドル材でサンドイッチして形を整えたものですがこれがフルタングです。フルタングは一番強度が高いタング構造ですが重い、バランスが悪い、ハンドル材の間から鋼材が露出している部分から錆の発生の可能性がある、といった弱点もあります。なので、ハーフタング、ナロータング、フルテーパードタング、コンシールドタング、ラップドタングなど様々な種類のタングが考案されました。ここで各種タング構造の説明をするつもりは特にないので説明は省きます。

昔から、フルタングといえば上に書いたような構造を示したのですが、射出成型(型に高温の樹脂を流し込んで冷えて固めることで成形する製法)で製造される一体型樹脂ハンドル(クラトンなど)が大量生産のファクトリーナイフを中心に普及し始めたころからある程度の幅を維持しながらハンドル後端まで伸びているタングをフルタングと呼ぶようになりました。この構造は厳密にいえばコンシールドタングということになりますが、ハンドルの真ん中程度(ガーバーLMF2など)や、ハンドルの根本までしかタングが伸びていないようなものに対比させてフルタングと呼んだのでしょう。ま、マーケティングです。射出成型によるハンドルは生産性の面でいえばガリガリ君のように板状のタングにピン止めするのが一番簡単につくれる構造でした。ここでは、昔ながらのハンドル材で鋼材をサンドイッチにする構造を狭義のフルタング、ただタングがハンドル後端まで伸びていることを指すフルタングは広義のフルタングと呼ぶことにしましょう。

狭義のフルタング:ハンドル材が鋼材を挟んでいる構造。フルテーパードタングも含む。
広義のフルタング:タングがある程度の幅を維持しながらハンドル後端までのびていること(フォルクニーベンみたいにハンドルを貫通しているとは限らない)。ナロータングとの境は曖昧。

フルタング神話

そもそもなんでフルタングがこんなに重要視されるようになったのでしょうか?10年前くらいからバトニング、チョッピングといったナイフに高い負荷をかける使用方法がネット上でも広く認知されるにつれ、フィクストは特に強度が重視されるようになりました(もちろん昔から重視されてたけど)。昔はそもそもナイフでバトニングすべきではないという意見も多かったのですが最近はかなり減りました。フルタングは最も強度に優れている構造です。マーケティングの一環としてフルタングというのは重要なキーワードでもあったのです。モーラがアホみたいな値札ひっさげて(広義の)フルタングのナイフを発表したのは記憶に新しいですね。

結構当たり前な話ですが、どんなナイフでも限界を超えれば壊れます。フルタングでも同じです。ナイフの強度についての議論になるとよく、バトニングに耐えられるか、ということが話にあがります。まず、バトニングがナイフに与える負荷の大きさはどれだけの大きさの木を割っているのか、木の種類は何か、気温はどうか、といった様々な条件で決定されます。あるナイフにとってバトニングはできる、できない、の問題ではなく、どの程度までなら耐えられるのか、というのが正しいとらえ方です。人間というものは白黒はっきりさせて0か1かで見たがるものですが実際は0から1の間のどこに限界値があるかという問題にすぎません。使うナイフの限界値を正確に把握することが重要なのです。

2005年1月8日にNutnfancy(あの大物ユーチューバー)がBladeForumsに一枚の写真を投稿しました。ColdSteelのReconScoutが気温5℉(≒ ‐18℃)の低温下でのバトニングに耐えられず、ヒルトの部分で真っ二つに折れました。このナイフは広義のフルタングです。この写真は広義のフルタングに多くみられる強度面での弱点を浮き彫りにするものでした。広義のフルタングではタングの部分を大抵長方形に切り出しますが、リカッソからタングに向かって一段細くなるヒルト付近の個所(ハンドル根元付近)で直角に鋼材を切り出しているのでバトニングでの衝撃がそこに集中し、気温が低く、鋼材の粘りが低下するような環境ではナイフが破壊されるケースが目立ったのです。このような問題が浮上して改善に乗り出したメーカーも現れました。Busse傘下のScrapYardなんかは鋼材を曲線で切り出すことで負荷が集中しないようにし、クラックの検査まで行っています。あーゆー超高品質セミカスタム以外にも大手ファクトリーで改善に乗り出したメーカーは増えてきました。樹脂ハンドルの下に隠れたタングの形がわかるようにいろんなナイフのX線画像が欲しいものです。

 

 

https://www.bladeforums.com/threads/ranger-rd9-or-cs-trail-master-or-bk-9.595985/

 

ただ、ナイフの強度を決定するのはタング部分だけではありません。鋼材、焼き入れ、ブレードの厚みや幅、グラインド、はたまた個体差なんてとこでも決まります。影響する条件がここまで多いと上に述べたような広義のフルタングの問題があるからといって必ずしも狭義のフルタングをもつナイフより強度的に劣るとは言えないのです。狭義のフルタングでもハンドルデザインから似たような弱点が現れるケースは多いのです。要するにそのあたりは総合的に判断しなければならないのです。さらに、強度的な弱点があるからといってナイフとして劣るとは言いきれないのです(後述)。ナイフの強度というのは見ただけである程度推測できますが、使ってみるまで、究極的には破壊するまではわからないのです。

装備システムの話

そもそも論ですが、実用性だけ見れば強度が高けりゃいいってもんじゃありません。強度が高くなること自体はいい事ですが、強度を上げるには金属の体積を増やすのが一番簡単で確実な方法です。即ち重くなる、という重大な副作用があるのです。ちなみにチョッピング性能なんかは重さが重要なファクターになるわけですが、重さ分の見返りがあるならいいんです。車のパワーウエイトレイシオみたいに重さに見合うパフォーマンスが重要になります。話を戻して、数十㎏にもなるすべての装備を背中に背負って悪路を長距離歩いたことのある人なら重いことがいかに重大な問題かはすぐわかると思います。先ほど上で述べましたがナイフの強度はどこまでの負荷がかかる作業までできるか、という程度のもんだいなのです。そして”ナイフ一本でサバイバル!!”っていう中二病を除けば、すべての装備はそれぞれが互いに特定の役割をもった道具ひとつひとつの組み合わせで構成されたシステムなのです。持ち込める道具が限られているアウトドアでは道具のスペックを単体で判断することはまちがっており、そのシステムのなかでの役割を明確にしたうえでそのスペックや特性がシステム内で有効なのかを判断しなければなりません。ナイフに関しても同じで、強度だけの話をすればシステムの中での役割をはたす強度があれば十分なのです。当たり前ですね。モーラやスパイダルコのいくつかのフィクストのようにあえてフルタングを採用しないことによって得られる軽さで高い評価を受けているナイフも存在するのです。モーラなんかはフルタングじゃなくてもそれなりに高い強度があることが知られています。そのサイズのナイフに求められる強度を考えれば多くの場合、妥当ともいえます。もちろん、フルタングが求められるケースも多いですが。フルタングがどうこうという話をする前にメーカーのいうことを鵜呑みにせず、フルタングでないことは欠点なのかをきちんと吟味する必要があるのではないでしょうか?ただ、実際問題、自分を含めてフルタングを重視する意見は多いです。このあたりはフォーラムで不毛な議論となります。問題はどこまでの強度が必要かであり、その結論そのものよりも自分の装備システムを意識して考えて判断したのか、という思考プロセスのほうが重要なのです。

まとめ

話を戻すと、広義のフルタングと狭義のフルタングの区別は重要なのでしょうか?周知の通り、言葉は生き物です。時間とともに意味は変化します。例えば、BuckのHoodlumによってフィンガーチョイル(操作性向上のため、チョイルを大きくして人差し指をかけることができるようにしたもの)という言葉が広まると、もともとの改良されたチョイルのデザインの意味を離れてエッヂの根本付近で操作性向上のために指をかけられるようにしたデザインに広く用いられるようになりました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=pdby3NvyAYQ

”フルタング”という言葉の変化も自然なことなのですが、現段階では意味が曖昧ですのでここでは便宜上広義、狭義としました。広義、狭義の違いはナイフの構造に注目すれば決定的な違いです。ですが、実用面だけ見ればそれほど大きな違いはありません。ま、細かいこと言えばタングが露出してると錆が...という指摘は的確ではありますけど。広義、狭義の違いはナイフマニアにはおおきな違いだけどただのユーザーにはフルタングなら(すなわち、強度が十分なら)なんだっていい、というわけです。結局、言葉の変化にあわせて柔軟に対応するしかないわけです。結論としてはナイフを評価するとき、フルタングという言葉にこだわるのではなくナイフのタング構造を一本一本別々にみて総合的に判断することのほうが何倍も重要なのです。

Ponky
狭義のフルタングであっても肉抜き穴の開け方によっては強度が不十分な場合もありますし、ハードユースのためのナイフの場合は分解した様子をネット等で確認する必要がありますね。
テーパードタングでさえ強度は落ちます….

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ABOUTこの記事をかいた人

ストイックに理詰めで装備システムを構築する実用主義者。ponkyがデザイナーならSはエンジニア(B2は中間でバランス良い)。Sからすれば実用性第一で見た目は二の次のようだ。体力はないが、読図やロープワークは超得意。
イギリス生まれなのにアメリカ英語しか使えない日本育ち。